2016年06月28日 13:18:37

Vol.258 何とか一歩

 どこから書き始めようか。
どこかまで書くかは定まったのだが。

39歳になった。志高塾が10年目を
終えるとき、私は40歳を目前に控えている。
そして、そのタイミングで私は新しいことを
始めると、勝手に宣言してきた。

いろいろと考えてはみるものの、
それは実になったばかりのスイカの
ように、すぐにしぼんでしまう。

今年は5株ぐらい育てている。
「実ができている」と気づいたときには
さくらんぼぐらいの大きさになっている。
その大部分はそのままダメになってしまうのだが、
10個のうち1個ぐらいはそこから大きくなり
すぐに10倍ほどになる。
実際はもう少し時間を経ているのだろうが、
2, 3日で一気にそこまでになるといった印象である。
そうなると、ひと安心で後は大きくなるのを
見守っていくことになる。

 新しいことをするためには何かを変えよう、
ということで、小説を禁止してビジネス関連の本を
10年ぶりぐらいに読み始めた。
アマゾンのカスタマーレビューの助けも
あるのだろうが、当時に比べて格段に
当たりの本に出会う確率が高くなった。

『イーロン・マスク 未来を創る男』
『ピクサー流創造するちから』
この2冊は面白すぎた。
何人かの高校生の生徒たちにも
「めっちゃおもろい本見つけたで」
と嬉しそうに話していたのだが、
ふと、今後しばらくはどの本も陳腐に
感じられてしまうのではないだろう、
という不安が頭をもたげてきた。

文章を書く手を止め、アマゾンのサイトに行き、
「これはいいかも」と感じられたので
たった今『ジョナサン・アイブ』を、
さらに、読めもしないのに調子に乗って
『イーロン・マスク 未来を創る男』
の原書も合わせて注文した。
10ページも読めたらいい方だろう。
すると、1ページ150円になる。
それほど高くないか、と思っている時点で
それすらも達成できないのだろう。

 対象とする本を変えるというのは
ささいな変化なので、もう少し別の何かが
必要であった。

そして、このブログでも紹介したことのある
安田佳生氏に会ってきた。
彼のメルマガはもう10年以上も愛読していて、
1つも読み飛ばしたことがない。

その彼が1年ほど前から
「こだわり相談ツアー」という企画を始めた。
安田氏が選んだこだわりの店、BARに行き、
2人で食事やお酒を楽しみながら相談を
させていただくという趣旨のものである。
2人分の飲食代(2〜5万円)を持つというのが
条件なのだ。

3月にお会いし志高塾の新年度が始まる4月には
方向性が見えているようにしたいと考え、
2月中旬に申し込んだのだが、すでに予約が
埋まっていてGW明けまで待つことになった。

「何かいいアイデアをいただけないでしょうか」
というスタンスでそれに臨んだわけではない。
「会う」ということで、一歩を踏み出した、
という実感が欲しかったのだ。

また、私が面白いと思っている人に
「面白くないやつだ」という評価をされるのは
嫌だなぁ、と思っていたのだが、
そうはならなかったようで、先日、大阪で顧問を
されている会社に同行させていただいた。

元々は安田氏に会うためだけに1泊2日で
東京に行ったのだが、21時にお開きになり
暇だったので、そこから友人を誘って
1時間ほど話をした。

就活中に出会ったので、かれこれ15年ぐらいの
付き合いになる。かなり刺激を与えてくれる奴で、
自ら会社を立ち上げ経営をしているのだが、
去年の社員数が23人で、1年後の現在45人に
なっているとのこと。
それが直接評価に値するわけではないが、
1年で社員をそれだけ増やすのは楽なことではない。

そして、その彼との会話がきっかけで
予期しなかった方向に志高塾と私は進んでいくことに・・・

冒頭「どこかまで書くかは定まった」と述べたが、
いつも以上に脱線しすぎたせいで、ここまでで
かなりの字数を割いてしまった。
よって、次回に続く。乞うご期待。

2016年06月21日 15:30:54

Vol.257 あんなことではなく、こんなことでいいんだよ

 私立の小学校に通う3年生の親御様が
学校で書いたお子様の作文が載っている
学級新聞を持って来てくださった。

「生活作文」と銘打たれ、クラス全員分が
縮小されてB4サイズ2枚にまとめられていた。
そして、1枚目の冒頭部分には
次のようなことがでかでかと書かれていた。

作文を書く時に何より大切なことは、
自分の伝えたいことを「読み手に伝わるように書く」
ことです。そのために必要なことが二つあります。

@読みたくなる内容
 面白い、感動する、発見がある、考えさせる、など
A読みやすい文章
 正しい日本語で分かりやすく書かれている

要は、先生が日頃からこのようなことを
子供たちに伝えているということである。

この文章を読んでくださった親御様のうち、
どれだけの方が上の2つの条件を満たす文章を
書けるのだろうか。5人に1人もいればいい方である。

開校当初、まともに文章を書けなかった私は
自分の鍛錬のためにも、プリントでお配りする
内部の親御様向けとブログで
それぞれ毎月1つずつ文章を書き連ねてきた。
そして、少しだけましになってきたかな、
と思えた時に、こちらの方を週1回に変えた。

余談だが、開校時、私自身がそのような状態で
あったため、作文をちゃんと教えられる講師を
教室長に据えていた。
そして、その彼女が授業の質を保つこと、
上げることに大きく貢献していた。

志高塾という組織においては、
私がトップであったのだが、
西宮北口教室においては、
彼女がトップであったのだ。

1つしか教室がなかったのに、と
思われるかもしれないが、
「質の高い教育を提供したい」と
考える私にとって、それらを区別することは
とても重要なことであった。

 フンで蛹室。
どれだけの親御様がこの言葉にピンと
来るであろうか。
「蛹室」は「ようしつ」と読むのだが、
ご存知だろうか。これは、カブトムシの幼虫が
蛹(さなぎ)になる前に、自分のフンで固めて
作った空間のことである。

3年前、幼虫がさなぎになったかを確かめたくて
土を掘り起こした。すると、おすのさなぎになっていた。
当時4歳であった長男と「やったー」と言いながら、
写真を撮り、嬉しそうにフェイスブックにアップした。
すぐさま、友人から「手で触ったら死んでまうで。
知らんのか」というようなコメントをもらった。

翌年は、「今触ったり虫かごを揺らして蛹室を
壊したりしたら死んじゃうからな」と子供に話し、
粘り強く羽化するまで待った。
ただ、その間も毎日のように慎重に虫かごを
持ち上げては、底にいるさなぎが生きているかを
何度も一緒に確認した。
「あれ、死んでる?」
「ちょっと動いたから生きてる」
というやり取りをしながら。

ようやく成虫になったとき、蛹室の中で
じっとしたままのカブトムシが心配になり、
堀り起こして、死なないようにとゼリーを強引にあげた。

何匹も成虫になったが、そのうちのいくつかは
角が曲がっていたり羽がうまく折りたたまれ
なくなっていたりした。それも後で知ったのだが、
羽化して2, 3日は体の外側がまだ柔らかく、
ある程度固くなるまでその中に留まって、
その後地中に出てきて活発に動き回るのだ。

3年目を迎えた去年、初めてちゃんとした
状態で何匹も羽化させることに成功した。

 配布された中に、上のようなことに
ついて書かれた作文があったので読んでみたが
整いすぎている、という印象を受けた。
調べたことがただ書かれているだけのような。
上記「フンで蛹室」はそこから取ってきた言葉である。
他にもその類の文章がいくつかあった。

「お前がアホなだけで、その子の方が賢いねん」
と言われれば反論の余地もないのだが、
「要は、俺が少年の心を持ち続けてるっちゅうことやな」
と負け惜しみぐらいは言わせてもらおうかな。

 親御様に確認したところ、この課題は
毎週出されるとのこと。どうやって、毎週@を
満たす対象を探すのだろうか。

私が同じことを子供たちにさせるのであれば、
生徒を4班に分け、1週目はA班、2週目はB班、
と各生徒が月に1回の提出で済むようにする。

配って終わりではなく、ほんの少しでも、
良かったところ、もっとこうした方が面白くなったと
いうところを個人個人に伝える。

もし配るのであれば、全員分ではなく、
とてもささいなことを一生懸命書いた作文を
ピックアップする。
それを見た子供たちが「こんなことでもいいのか。
でも、確かに面白いな」と思えるようなものを。

書くこと、そのために自分の頭を整理すること。
それらはとても大切なことだ。だからこそ、
逆に嫌いにさせるような、もしくはそれっぽいことを
書いておけばいいんでしょ、と方向性を勘違いさせて
しまうような導き方に対しては憤りを感じる。

 志高塾では、夏期講習期間に「体験作文コース」
というのを設けています。興味を持たれた方は、
お気軽に松蔭までお問い合わせください。
ちなみに、これは内部生のためだけのコースです。

自分の鍛錬のためなどと格好つけてみたが、
営業のためだから毎週書けるのだ、
ということに今気づいた。

そう、気づきを与えてくれるのが作文の良さなのだ。
志高塾に興味を持たれた方は、お気軽に松蔭まで
お問い合わせください。

2016年06月14日 15:14:27

Vol.256 複利

 一昨日の日曜日、小学2年生の息子が、
宿題でわからないことがあり、妻に教えを
乞うたものの、「パパに聞いたら」
ということでお鉢が回ってきた。

私はできる限り、子供の勉強に
関わらないようにしている。
その分というか、それ以上に机に
向かうこと以外の学びに関しては
積極的に関与している。

それは国語に関するものであった。
教科書の中で、風呂敷について2通りの方法で
説明がなされていた。
一つは、デパートの売り場にあったカードに
書かれていた文章、もう一つは、『日本の道具』
という本に載っていた文章。

前者は、正確には文章ではなく箇条書きである。
こちらは短いので、そのまま紹介する。

・いろいろな形や大きさのものをつつんではこべます
・どこにでももちあるけます
・くりかえしつかえます

後者は長いので、上記カードの1つ目の項目に
該当する部分を例として紹介する。

ふろしきは、いろいろな形や大きさのものを
つつんではこぶことができます。丸くて大きな
すいかも、四角いはこも、どれもうまくつつむことが
できます。つつむものにあわせて、
ぬのをむすぶことができるからです。

要は、一文目で全体的なこと、
二文目で具体的な内容、最後に
理由を述べる、というスタイルである。

それらに続いて教科書ではランドセルに
関する文章(後者と同様の形式のもの)があった。
宿題の内容は、2つの文章を比較した上で、
ランドセルに関するカードを作りなさい、
というものであった。

まず、息子は「2つ(の文章)って、どれとどれ?」
となった。形式(表現の仕方)が似ているということで、
風呂敷とランドセルに関する文章を比べるのだと
勘違いしていた。

「体重と身長を比べても仕方がないように
違う種類のものは比べない。じゃあ、
どれとどれだと思う?」と聞いても、中々前に進まず、
5分ぐらいかかってようやく風呂敷に関する2つだ
ということを理解した。

ランドセルの文章の一部を抜粋すると、以下のようになる。
「ランドセルは、いろいろな形や大きさの
教科書やノートを入れてはこぶことができます。
そのほかに、ふでばこやじょうぎなども入れる
ことができます。いろいろなものが入るように
大きく作ってあるからです。」

それをカードに記すと
「いろいろな形や大きさの教科書やノートを
入れてはこべます」となる。
息子は、その他の特徴に関してもとても
うまく要約できていた。

しかし、課題はそれで終わりではなく、その次に
「工夫したことは何か?」
「この学習を通してわかったことは何か?」
という2つが待っていた。

そして、「工夫したことは何か」で大きくつまずいた。
先生の狙いとしては、長い文章からどのように情報を
削ぎ落としてカードにまとめたか、ということに
ついて書いて欲しかったのだろうが、息子は
それを無意識にやっているだけで工夫とは考えていなかった。
本人がそう思っていないものを書かせても
どうしようもないので、他のことを
考えさせなければとなった。

カードの内容を書く欄として1行が15文字程度で、
10行ほど与えられていた。
しかし、子供は5行ぐらい余らせていた。
そこで、「書いている内容自体はいいけど、
5行後ろに余ってるよ。どうしたら
見やすくなる?」と尋ねたが、
「他に何を書けばいいの?」と的外れな答えが
返ってきた。「書いている内容は変える必要がない」と
伝えても、しばらくはそのようなやり取りが続き、
ギャアギャア言い出したので、それであれば、
時間を置いた方がいいとアドバイスをした。

部屋にこもって30分から1時間ぐらいして、
そのプリントと他のプリントとを両手に持って
「これも(国語のプリントとは別のもの)できたよ」
とニタニタしながら私のところにやってきた。

確認すると、ちゃんと1行ずつ空けていた。
もちろん、そのことを工夫したこととして
書いていた。

面白かったのは、その次の問いに対して、
「わかったことは、時間をおかないと
わかんないこともあるんだなということが
わかりました」
というようなことを述べていたこと。

文頭と文末の内容が重複していることや
「わかんない」や「あるんだな」という話し言葉には
言及したが、そんなことは大きなことではない。

 複利。細かい言葉の説明はさておき、この言葉を
用いることによって、伝えたかったのはプラスが
さらなるプラスを生む、ということ。
その逆もしかりで、マイナスがさらなるマイナスを生む。

「一行空けたら」という一言をすぐにかければ、
子供はギャアギャア言わずに済んだ。
しかし、ニタニタすることもなかった。
この経験は間違いなく他のことにも生かされる。

もし、すぐに私が手を差し伸べていたら、
それは今後に響く。困ればすぐに人を頼るように
なってしまう。

私はこの手の話をよくする。
それゆえ「またか」と思われるかもしれない。
でも、我が子を実験台として「やっぱりそうだ」
と実感することが、教室で生徒を教える際の
「もう少し待つか」につながる。

次は、いつこの話をしようかな。